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お客様の声・事例紹介 (山本 善之 様)

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■山本 善之 様

< 生命線となる底地・借地権の価格査定 >

■戦後の農地解放

  山本さんは、東京23区内に広い土地を所有されています。というのも、ご先祖は関が原の合戦から徳川家康とともに江戸に移り、それ以来の大地主です。江戸時代には庄屋だったのですが、家康が鷹狩を楽しんだ後は必ず山本家に立ち寄って、お茶を飲んでいったという言い伝えもあります。
そして明治時代になってからは、いつも一族の誰かが村長を続けられていたこともあって、村役場も山本さんの屋敷の中に設けられていたというほど。
しかし一族で20万坪にも上った所有農地は、戦後の農地解放によって殆ど失うことになります。
とは言え、地元の中堅企業を創業するなど、地域の産業振興にも尽力していた山本家は、その理事長を一族で創業以来代々続けて現在に至っています。さらに、農地以外の土地も少なくありません。今でも、やはりそのエリアの大変な実力者であることには変わりがないのです。


■安易な借地契約

 昭和31年と言えば、今から40年近くも前になりますが、山本さんのお父さんが中堅企業の理事長をされていた時のことです。若い歯科の医師が、「この土地で病院を開きたいと」言って接触してきました。
 「地元に病院があったらいい」と考えていた山本さんのお父さんは、その申し出を大いに歓迎し、病院と宿舎を建てるための土地を権利金なしで貸すとともに、同時に彼を中堅企業の理事にも迎え入れたのでした。それが、後に山本家にとって大きな悔恨の種となろうとは、そのときは誰も考えてもいませんでした。
 しかし、それから間もなくして、トラブルが始まります。当時の中堅企業の理事は、山本さんから農地解放で土地を譲り受けた人たちで構成されていたのですが、その理事たちと歯科医との間に大きな溝ができていきます。「医学博士のインテリということもあって、農民出身の理事たちを馬鹿にしたんだろうね」というのが山本さんの分析です。
 そこで理事長であったお父さんが、この歯科医を理事から解任します。しかし、そのことで、貸した土地をめぐるトラブルにまで、問題が広がっていくことになりました。
 具体的には、それ以降、その歯科医は地代の値上げにも一切応じなくなります。昭和49年頃から固定資産税が高くなり、その支払いを考えると、地代収入では赤字になるような事態にもなってきました。しかし、その分の値上げにさえ応じてくれないのです。
 しかも昭和51年からは、契約の更新料も支払われなくなります。
 山本さんのお父さんもすっかりヘソを曲げてしまって、この歯科医との交渉をあきらめてしまいました。


■賃料増額請求
 
 この過程では、山本さんも地代値上げを求める裁判を起こしました。駅前ロータリーの横に位置する一等地でありながら、地代は固定資産税程度でした。利用価値からすれば、固定資産税の3倍程度の賃料は要求できるはずであると思ったからです。ところが当時は賃料抑制主義の傾向があり、地主側の要求はなかなか通りません。しかも、袋地所だから地代は安くても当然という判決が下ります。
確かに、その歯科医に貸している土地は、道路に面していない袋地所です。しかしそれには理由がありました。以前に、道路に面した手前の土地をこの歯科医に売却しているからです。奥の側から売却すれば、このような問題は起きなかった、と言えばそれまでですが、歯科医にとっては袋地所のデメリットは何もありません。しかし、裁判では杓子定規に解釈されるのでしょう。結果的には山本さん側の主張は認められなかったわけです。
 「当時の借地法は第二次大戦中の東条内閣のときにつくられたもの。出征兵士が安心して戦争できるように、『留守宅の家族を守れ』というのが、この借地法の目的だったんだけど、それが今の時代でも杓子定規に適用されるからね」と、その背景を山本さんは分析します。
 その弊害から、その後、定期借地権や定期借家権が誕生するのですが、この山本さんのケースでは、昭和31年の契約ですから、当然、旧借地法での契約です。
 こうして、事態は膠着状態に陥ってしまいました。
 私が山本さんと知り合ったのは、ちょうどそんな時でした。日経新聞に、私が当時在籍していた住宅メーカーで取り組んでいた、「オーダーリースホーム」という仕組みの紹介記事が載りました。それを読まれた山本さんは、すぐに日経新聞に私の連絡先を問い合わせて、その日のうちに「会いたい」と連絡をくださったのです。
 「直接には、この土地の問題とは関係なく、土地活用の様々な手法を勉強したいと思っていたから、福田さんのオーダーリースホームという発想が面白いと感じて会ってみたくなったんです」と、その理由を山本さんは説明してくれました。


■建替え承諾
 
  そうして直接会ってお話しするうちに、ある時、この土地のことが話題になりました。
 加えて時代の変化が、この土地を巡る事態の膠着を突き動かします。つまり、歯科医院の経営が競争激化と少子化の波を受け、以前と比較すると厳しくなってきたのです。そこで歯科医側から、医院の木造の寮を壊して高層のマンションを建てたいという動きが出てきました。
 当然のごとく、山本さんは承諾することはできません。賃料の増額に応じないだけでなく、更新料も払っていない借地人に良い返事ができない気持ちも理解できます。借地人は弁護士に相談し、借地条件の変更と増改築許可の申し立てをすれば、裁判所が認めてくれることを知ります。そして早速、申し立てを行ったのです。
 しかしながら、ある意味これは、この膠着した土地問題を解決するチャンスでもあります。山本さんにとっても、このまま安い地代のまま貸していたのでは何のメリットもありません。所有価値が少ないにもかかわらず、相続税の評価も高いままです。歯科側は、このまま継続して借りたままでも、合法的にマンションへ建て替えることができます。その場合、歯科医側は契約を更新しなければなりませんが、旧借地法では山本さんの側にそれを拒否する権利はありません。裁判になっても、更地価格の約10%の更新料だけで契約が更新できることになるのです。
ですから、このタイミングを活用して、何とか適正な価格で相手に買い取らせることが、山本さんにとっても有利だし、それが可能だと判断したわけです。
 一方、相手の歯科医の側は、借地のままでもマンションは建てられるのですが、そのままでは権利関係が不安定です。また、金融機関も借地に対しては消極的になりがちです。資金の調達の上でも買い取り、権利関係を安定させておいた方がいい、という判断があったようです。


■不動産コンサルタントならできる、地主・借地人の双方の仲裁
 
 山本さんにしても借地人にしても、底地を売買して権利関係をすっきりさせるほうが得策であることは理解しています。しかし、問題は当事者同士が交渉の席に着きにくいことです。とりあえず、地元の知人の不動産業者に底地の売買について相談し、骨を折ってもらったのですが、価格面での折り合いが付きませんでした。ただ幸いにも、歯科医の借地人は資力があるので、土地の購入は十分に可能です。山本さんにしても借地人にしても、底地を売買して権利関係をすっきりさせるほうが得策であることは理解しているのですが。
そこで、私が間に入ることにしました。まずは、両者の言い分をじっくり聞くことから始めました。山本さんの言い分は、酒を酌み交わしながらも伺いました。借地人の言い分は率直にお伺いすることにしました。当初は、借地人は私のことを山本さんの代理人と勘違いし、かなり警戒されていました。
私は借地人に「私は不動産コンサルタントです。今までの3度の裁判では、双方が弁護士を代理人として立てて争ってきました。弁護士の仕事は代理人の主張を通すために争うことです。しかし私の立場は違います。あくまで中立的です。双方が納得できる条件を提示し、仲裁することが私の役割です」と説明したところ、理解を示していただけました。
そもそも、双方の主張は全く違います。山本さんは今まで貰ってきた地代の合計よりは安く売れないと主張します。これに対し、借地人は法を楯に取り借地権価格を主張し、さらにその上に袋地の価格が基準であるというのです。戦後地価が上昇しましたが、その上昇分のほとんどが借地人に帰属するという考えから起きる意見の食い違いです。
口を開けば双方の悪口が先行し、このままでは平行線をたどることが初期の段階で予想されました。しかしそれでも、双方とも底地を売買したいことは、言葉の端々で感じることができました。
私はまず、借地人にこの土地がどれだけの価値があるのかを論理的に理解してもらうことを考えました。具体的にはこの土地を最高使用する方法を検討し、そこから得られる収益から逆算し、この土地の評価をするのです。いわゆる収益還元法による鑑定なのですが、収益を具体的に算出するのが大変です。
この立地は駅前ロータリーの近接地なので、単純な賃貸住宅ではなく、ホテルマンションの運営による土地有効活用を想定しました。賃貸住宅と比較して、容積率の消化が高く手元に残るキャッシュフローも高くなるからです。これを裏付けるために、設計事務所、ゼネコン、賃貸管理会社の力を借りました。
建築家にプランニングをしてもらい、ゼネコンに見積もりをお願いし、賃貸管理会社に査定をお願いしました。それらの数値を基に、収支計画書を作成し、実際にどの程度の収益が得られるかを計算したのです。その結果、1億円以上で購入したとしても、期待に添う収支がでてきたので、借地人は購入を前向きに考えるようになったのです。
後は価格の算定です。ここは、プロに任せるべきだと判断し、収益還元に理解を示す不動産鑑定士に鑑定書を作成してもらいました。その際に留意してもらった点は、借地人は購入後有効活用するので、収益還元法を加味すること。借地人は所有する土地と併せて活用するので、限定価格となることなどです。
鑑定書には論理的な鑑定評価がなされています。仮に声の大きいほうに色をつけることにでもなれば、フラフラしていると信頼をなくしてしまいます。ですから、この鑑定評価に両者の納得を得ることに全力をつぎ込みました。そして半年ほど粘り強く交渉した結果、両者ともこの鑑定評価に納得していただくことができました。
駅前立地では個別性が高く、路線価や取引事例による評価では正確に価格を導き出すことは不可能ですが、収益還元価格をミックスすることにより実感として納得できる価格となったのです。
ただし直接売却するには、永年にわたるこじれた関係もあります、山本さんは歯科には売却しないと世間に明言していることもありました。そこで、この土地を一度、別会社が山本さんから購入し、それを当日中に仲介手数料や不動産鑑定費用などの経費を加えた金額で歯科医側に売却するというステップを踏みました。
こうすることで、40年近くにわたってこじれていた借地問題がようやく解決できました。
二代に及ぶ借地紛争を終焉させたかった理由を山本さんは「このような苦労を息子や娘に承継させたくなかった。」と語っていました。
今では、山本さんは事業やご自宅などを息子さんに譲られ、有名リゾート地の別荘でご隠居生活をされています。
 そんな悠々自適の生活も、ノドに刺さった小骨のようだった借地問題が解決したので、さらに寛いだものになっているのではないでしょうか。